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代表的な13宗派

奈良仏教系

法相宗
「唯識三年倶舎八年」と言って難解な思想を持つ。無常のこの世で迷える自分自身の心を深く究明してゆく。密教のような即身成仏ではなく、長い時間をかけ段階を経て修行を重ねて成仏すると考える。また、ひたすら念仏や題目を唱えるとか坐禅をするなど、ひとつの行に専念するのではなく、さまざまな行を勧める。本尊は唯識曼荼羅(ゆいしきまんだら)。弥勒菩薩を本尊とする事も出来る。

律宗
経・律・論の内、律を中心とする。戒・定・慧の三学でも定慧は戒に含まれると考える。戒律と言えば一般的には戒より律の方が念頭に置かれるが、律宗では戒に集約される(戒は自己規制=自発的。律は集団のルール=他律的)。スリランカ等の南方仏教の戒とは異なるが、天台宗系統とはまた異なる戒の系譜です。空海の影響で灌頂(かんじょう)もある。教典は四分律、梵網経、法華経が中心。本尊は盧舎那仏(るしゃなぶつ)

華厳宗
「一がそのまま多であり、多がそのまま一である」という相反するものを一つに統括しようとする考え方を持つ。哲学的な雰囲気が濃厚で宇宙的でもある。空海が東大寺の別当になったことがある為、作法や行事に真言宗的なところがある。教典は大方広仏華厳経が中心。本尊は毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)太陽のように光明を放つ仏で、この光明によって迷っている人々を浄土である華厳世界に導く

密教系

真言宗
曼荼羅的な思想が中心。十住心思想といって、人の心のあり方、価値観、宗教などを10段階に分け、最終段階は大日如来と同レベルに達することを説く。大日如来がすべての根本であって、万物は大日如来と深いかかわり合いを持っていると考える。また真言密教以外の教えは顕教とし、それは真言密教の一部であり、密教に到達するまでの過程とした。教典は大日経と金剛頂経が中心。本尊は大日如来。 真言宗と天台宗とでは密教の取り扱い方が異なる。真言宗の密教は東密(とうみつ)と呼ばれ天台宗の密教は台密(たいみつ)と呼ばれる。天台宗では顕密一致といって密教と顕教を同格に扱う。

密教&法華系

天台宗
どの宗派とも違いが少ないのが特徴の一つ。また天台で学んで宗祖になった人が多いのも特徴。円、密、禅、戒、どれも大切にする(四宗融合)。人それぞれ縁に応じてどの分野から入っても良い。修行も四種三昧といって四通りの方法がある。四種三昧のひとつ常行三昧の発展した回峯行も特徴。教典は法華経中心であるが朝題目夕念仏といい、朝は法華経中心、夕方は阿弥陀経中心で勤める。本尊は定め無し。 本尊をしいてあげれば法華経が中心なのでお釈迦様。または本山の根本中堂の本尊が薬師如来なので薬師如来。

法華系

日蓮宗
法華経中心を徹底し、法華経と人の生き方と一体化させようとする。特に第16章の如来寿量品をよく読む。法華経の中で未来に登場するとされた上行菩薩は自分だと日蓮は考えた。南無妙法蓮華経の7文字に法華経の功徳がすべて込められている。お題目を唱えることは、法華経を読む、奉持する、他人に説く、書写する、などと同等の価値があると考える。本尊はお釈迦様、大曼荼羅、日蓮聖人。 日蓮が学んだ天台宗も法華経を中心にすえているが、天台宗は多面性を持ち、法華経とは哲学的な関わり方をしている。日蓮は法華経を身体で読んだとも言われる。

浄土系

浄土宗
修行による成仏は否定し、修行の価値を認めない。念仏を唱えることは行として勧める。唱えることで極楽往生する。念仏を唱えることを重視。成仏と往生は区別して考える。極楽往生の後、極楽浄土で修行し成仏すると考える。教典は浄土三部経のうち観無量寿経に重きを置く。本尊は阿弥陀様。向かって右に観音様、左に勢至菩薩を祀るのが基本(弥陀三尊の形式)。 浄土三部経は無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経の三つ。

浄土真宗
人が求めなくとも仏が救って下さるという考え(他力回向の理論)。いずれ仏になることが約束されているから、改めて修行する必要はない。「阿弥陀様が救って下さる」と信じることで往生できる。それ以降は感謝の行ないとして念仏を唱える。教典は浄土三部経のうち無量寿経に重きを置く。本尊は阿弥陀様。理論的には「南無阿弥陀仏」という言葉(名号)。 浄土真宗では弥陀三尊の形式はとらない。救い主は阿弥陀様のみ。阿弥陀様が人の苦悩をじっとして見ていられない事を表わすため坐像ではなく立像。他力は阿弥陀様の力を指す。

融通念仏宗
「一人の祈りがすべての人の為になり、すべての人の祈りは自分のためにもなっている」同じように一行の念仏はすべての経文と同様になり「一と多」は互いに融通する関係となる。毎日百遍の念仏を唱えること(日課念仏)が修行の根幹。阿弥陀様の存在の仕方が他の浄土系と異なり、密教系の大日如来的な存在。教典は華厳経と法華経が中心。浄土系であるが浄土三部経は二義的。本尊は十一尊天得如来。 十一尊天得如来は中央に阿弥陀様、周囲に10体の菩薩が囲む曼荼羅。「一が多、多が一」の考えは華厳経の特徴。

時宗
念仏を唱える時は、唱える心構えや、その結果がどうなるか、などと言うようなことを心配する必要はない。ただ心のままに、何も期待せずに念仏を唱えることを説く。日々の生活の中で一瞬一瞬を臨終と考える。念仏を唱えて往生するのではなく、念仏すなわち往生という考え。教典は阿弥陀経が中心。本尊は阿弥陀様または南無阿弥陀仏の書。

禅系

臨済宗
教典や教えに依存せず相手の心に直接働きかけ、その本質を悟らせる。あらゆる生命と共存していることに感謝するため、色々な仏様や神様を祀る。すべてのものに仏性を見て礼拝する。1700余りの祖師の言葉を体得することが悟りの基本。そして日常の中に真理を具体的なモノとしていくことが求められる。坐禅の座り方は対面形式で行う。教典は特に定めない。本尊も定めなし。普通お釈迦様が多い。 本来の禅宗様式は本尊を祀らず、その場所には椅子をひとつ置く。椅子に座って法を説く人が本尊に相当する。また、この場合お堂は法堂(はっとう)と呼ばれる。仏像を祀るお堂は仏殿と呼ぶ。

曹洞宗
坐禅を修行の基本として、修行の威儀作法を重視する。悟りを求めない修行によって悟りを得られると考える。悟りを目的とする修行は打算的であり打算的な悟りを生む。悟るまで修行することは、悟ったら修行しなくて良いことになる。悟りへのこだわりはいらない。坐禅の座り方は中国以来の面壁。教典は道元が書いた正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)が中心。その道元は法華経を大事にした。本尊はお釈迦様。

黄檗宗
修行形態は臨済宗と同様。儀式の形式や使われる言葉は明時代の様式。教典は特に定めない。陀羅尼や阿弥陀経も読む。念仏を唱えるが浄土系とはかなり捕らえ方が異なる。南無阿弥陀仏を「ナムオミトフ」と読む。般若心経は唐音で読むのが特徴「ポゼポロミトシンキン。カンツサイプサ、ヘンシンポゼポゼポロミトス」となる。最近では他宗と同様に漢音で読む事もある。本尊はお釈迦様。


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